≪慶應義塾大学、断熱改修・健康に好影響≫
慶應義塾大学
伊香賀俊治 教授
リフォーム産業新聞:2017年11月7日
断熱改修前と後では、居住者の健康にどのような変化があるのか―――。
1800軒を超える一般住宅を対象に、断熱化の効果を明らかにする異例の研究が国土交通省主導で進められている。「スマートウェルネス住宅等推進事業」というもので、2014年からスタート。
今年1月の中間報告では、断熱化による室温の上昇が健康に好影響を与えるという報告がなされており、効果が「見える化」され始めている。
検証委員会の委員を務める慶應義塾大学・伊香賀俊治教授に断熱化と健康の関係性について聞いた。
血圧低下策に断熱化も有効
――対象となる住宅を断熱改修し、居住者の血圧や活動量が以前とどう違うか比較調査しています。どのようなことが分かってきましたか。
改修前後の調査はまだ165人のサンプルなのですが、健康に良い影響があることが分かってきました。
全サンプル平均では改修後に2.7℃温度が上昇し、血圧は1.0mmHg低下。中には10度上がった家もある。
室温が上昇したサンプルは144人で、こちらだけだと平均して3.3度上昇し、血圧は1.4mmHg低下。しかし一方で21人は平均1.6℃低下し、1.5mmHg血圧が上がったケースも見られました。
――室温が上がると血圧が下がる。つまり健康に良い影響があると。断熱改修のメリットが証明されてきました。
「健康日本21」という厚生労働大臣告示では、2022年までに収縮血圧平均値の4mmHg低下を目標に掲げています。
これで循環器疾患死亡者数が1万5000人減少するとの推計もある。
そこでは血圧を下げるには食生活や運動などが大事だとされているのですが、住環境の断熱化は含まれていません。
それはやはり医学的なエビデンス(証拠)というものが不足しているからなんですね。
溺死リスク増の知られざる要因
――伊香賀教授は以前から室温と健康リスクの関係について研究されてきていますが、その中の一つに入浴事故との関連性についての研究がありますね。
浴槽での溺死者は10年で7割増加しています。2014年に4866人いて、そのうち65歳以上が9割。実は交通事故より多いんです。
あまりにも減らないので、消費者庁は16年の1月には、湯温41℃以下で入浴10分未満で浴槽からあがることを推奨するニュースリリースまで出しています。
最近の調査では2759人のサンプルで分析しました。
その結果、居間や脱衣所の平均室温が18℃未満の住宅では、入浴事故のリスクが高まる42℃以上の熱めの入浴、15分以上の長めの入浴をする人が多いことが分かりました。
室温18℃以上の家と比べると1.8倍確率が高い。
――つまり、家が寒いと熱い風呂に長く浸かりたくなる。しかしそれは危険行為だと。
若い人は熱かったら熱いと感じるが、高齢者はそうではなく無意識のうちに44℃のお湯に浸かっていることもあります。
毎年多くの人が浴槽で亡くなられていますが、その方たちの家が寒い可能性が考えられます。
――家の寒さと、浴槽での溺死が実はつながっている可能性があるということですね。室温は健康を考える上で重要なものだと。
健康寿命にも大きく関係しています。大阪で平均12.4℃の寒い家に住んでいる80人と、平均14.6℃のやや暖かい家に住んでいる42人を調査しました。
寒い家の方は76歳で半分が要介護認定になりました。
やや暖かい家の方はというと80歳で半分が要介護。つまり健康寿命が4歳延伸する。
要介護認定になると世帯の負担が年80万円ほど増えると言われているため、4年だと320万円。暖かい家にしておくことで、お金もそうだし、本人も家族も幸せになる。
介護施設の温熱環境は
――医療費削減にもつながってくるとなれば、断熱改修のメリットがさらに増えます。今後はどのような調査を推進していきますか。
介護施設の温熱環境について研究を進めています。
入居する施設が寒かったらどんどん健康が悪化していくわけなので、施設の温熱環境が良好でなければなりません。入居者が不幸なのはもちろんですが、介護事業者にとっても経営リスクにつながります。つまり悪化する人の支援が大変になればスタッフが辞めてしまうこともありえる。
――介護施設の断熱化は万全なのでしょうか。
3000平米未満は省エネ基準の対象ではないので寒いものになっていることもありえます。
研究対象だった1施設は断熱改修をしたんです。窓を真空ガラスに。そうしたら入居者の血圧が18mm下がったケースもあります。
――介護施設の他にはどのような建物を調べていますか。
幼稚園の温熱環境も調査しています。大抵、暖房はしているので園児の頭の高さくらいは17℃前後になっているのですが、断熱性が悪いところだと足下は9℃とかだったりします。
一方で床暖房が入っていて17℃という施設もあります。活動量計で調べると、寒い施設では平均活動量が低く、暖かいと多いということが分かっています。
活動量が多いと低体温状態を脱せるので、免疫力に関係してきます。
また、園児の自宅の室温も測らせていただいたところ、暖かい幼稚園で暖かい家の園児の病欠確率を1とすると、どちらかが温暖だと1.6倍、いずれも寒冷だと2.6倍となることが分かりました。
住宅だけでなく施設でも温暖さが健康にとって大事だということが分かり始めています。