ハウスメーカー、デベロッパー、パワービルダー、工務店…現代の日本には実に多くの住宅を供給する会社があり、価格や工法など、その特長も様々だ。ユーザーは予算や趣向に応じて、いくつもの選択肢から選ぶことができる。

だが昔は、家を建てるときにお世話になる人といえば一般的なのは”大工さん”だった。現場を取り仕切り、ほぼすべての工程を一人でやってしまうような職人技をもつ大工さんが、建主と顔を合わせて家をつくっていた。
しかし、昭和の高度成長期の住宅需要に対応するため、また単世帯の増加へと変化する中、多くの家が必要となり、住まいは急速に”商品”化する。そうして現代のような、多種多様なニーズに対応する住宅供給会社の増加へと繋がったのだ。

住まいが商品化し、多くの選択肢から選べるようになった昨今、それをつくる大工さんをはじめとする職人さんは、一般の消費者にとってはあまり接点が無い存在になってしまった。

そんな”職人の技”をもう一度見直そうとする取り組みが始まっている。東京都東村山市の工務店相羽建設株式会社と、家具デザイナーの小泉誠氏が運営を開始した”わざわ座”だ。今回、その第一弾プロジェクト”大工の手”の発表会を取材した。
2010年時点の大工就業者数は約39.7万人。10年間で約4割も減少し、高齢化も問題になっている。</br>:国土交通省 平成24年 中古住宅・リフォームトータルプランより抜粋)2010年時点の大工就業者数は約39.7万人。10年間で約4割も減少し、高齢化も問題になっている。
:国土交通省 平成24年 中古住宅・リフォームトータルプランより抜粋)

「”暮らす”道具から”売る”道具へ」と変わった住まいがもたらしたもの

”大工の手”発表会の会場には、小泉氏デザインの家具の展示も行われた”大工の手”発表会の会場には、小泉氏デザインの家具の展示も行われた
東京都国立市を拠点に、家具や住宅のデザインを手がける小泉氏は、住まいの”つくり手”と”住まい手”の関係についてこう話す。「150年ほど前まで”家を建てる”ということは、建主と大工さんが顔を合わせ信頼関係を持ってつくっていく作業でした。しかし戦争の経験や経済の発展を経て、住宅を多く・安く売ろうという動きが各地で高まり、住まいが”暮らす道具”から”売る道具”へと変わってしまったのです」

消費に支えられた経済の発展の中、こうした動きに伴って職人たちの働く場所もどんどん変わっていくことになる。「”表現仕事”が減って”下地仕事”が増え、職人さんたちのアイデンティティを表すものが少なくなってきたんです。”下請け”のようなイメージが広がり、社会の中で重要性というものを認識されづらくなってしまっています」と話すのは、相羽建設株式会社 常務取締役 迎川利夫氏。

小泉氏と相羽建設は、両者の拠点が近いこともあり以前から関わりがあった。つくり手と住まい手の信頼関係が希薄になっている事を感じていた小泉氏と、職人の仕事のアイデンティティをもう一度見直したいと考えていた相羽建設、両者の思いを実現させるプロジェクトとして、わざわ座の発足につながったのだ。

「わざわざやろうよ、一緒に」を合言葉に

小泉氏(左)と大工の秋山氏(右)。図面や対話を通して、”大工の手”の家具づくりにあたる小泉氏(左)と大工の秋山氏(右)。図面や対話を通して、”大工の手”の家具づくりにあたる
この特徴のある”わざわ座”という名前、実はこの活動の理念を説明するこんな意味がこめられている。

わざ=技=職人の手仕事
わざわざ=手間をかけること=誠実さ
座=つながり=プロが集う場

運営側が何かを主導するのではなく、職人・デザイナー・工務店・地域の人等がフラットな関係の中で車座のように集まり、喧々諤々、わいわいしながら、ここをプラットフォームとして物事が起こる世界にしたいという思いから、”座”という文字を使った。

あくまでもものづくりや手仕事をもう一度考え、復活させるための運動。その一つの表現として、今回の第一弾の活動を”大工の手”と置いた。「大工さんというのは建築業界の一つの象徴です。だから彼らはカッコイイ存在でなければいけない。この名前を付けることで、”大工さんはいろんな仕事ができるんだ”というのを表現したかった」と話すのは、相羽建設株式会社 代表取締役 相羽健太郎氏。どこまでも思いが詰まったプロジェクトだ。

”大工の手”では、デザイナーが設計した家具を大工がつくる。住宅建築の現場では、大工の仕事は完成の数週間前にその役割が終わり、さらにその”仕事”は壁の内側に隠れてしまう。そこに住む人は大工とほとんど顔を合わせず、その存在を感じる機会が少ない。だから日常に使用する家具に、職人の技を表現できるデザインを細部に採用することで、使う人に大工の仕事を感じてもらおうというものだ。

”誠実なデザイン”と”誠実な材料”で、より愛着を感じられるものづくりを

解体された住宅に使われた古材は、傷跡や痕跡をそのまま活かしてテーブルの脚として生まれ変わる。大工ならではの材木の接合技術「ほぞ継ぎ」を用いている解体された住宅に使われた古材は、傷跡や痕跡をそのまま活かしてテーブルの脚として生まれ変わる。大工ならではの材木の接合技術「ほぞ継ぎ」を用いている
ではなぜ今回のプロジェクトは、デザイナーとのコラボレーションという形になったのか?
小泉氏はこんな風に語る。「大工さんは”丈夫さ”を重視するので、作られたものがどうしても野暮ったくなりがちなんです。それを構造的な面や使い勝手を考慮しつつ、職人の技術を表現できるような部分も取り入れながら我々が設計し、大工さんが形にする、という方法を取っています」
プロが設計することで、あるものを使うだけでなく、”こんな使い方もあるんじゃないか”という提案もできる”使う立場に立った”デザインをしていくという。それを今回のプロジェクトでは”誠実なデザイン”と呼んでいる。

もう一つ、”誠実”を表現するものがある。それは材料。”大工の手”でつくられる家具は、その家や地域と関わりがあるものを利用する。例えば、その家に関わる木材の端材や、建て替え前の建物に使っていた古材、その地域で育った木などだ。その家と関わりのある木材を使うことで、使い手により一層家具に愛着を感じてもらえるのではという目的がある。

今回の発表会では、何度も”誠実”というワードが繰り返された。このプロジェクトのスローガンの一つと言ってもいいかもしれない。ただ、”誠実”とは色々な解釈ができる言葉でもある。そこで運営側が「誠実とはこういうものである」と決め、それに従ってものづくりをするのではなく、”わざわ座”に関わる地域の人たちが”この材料は誠実だ”と思うものを使ったり、”誠実って何だろう”と考える機会になれば、という思いがあるそうだ。

”サポーター制度”で広がる手仕事の輪

各媒体のメディア関係者は「”メディアサポーター”としてわざわ座に協力してほしい」と、小泉氏。発表会にはプレス担当者や工務店関係者などが多数出席し、大変賑わっていた。多くのサポーターの参加が期待できそうだ各媒体のメディア関係者は「”メディアサポーター”としてわざわ座に協力してほしい」と、小泉氏。発表会にはプレス担当者や工務店関係者などが多数出席し、大変賑わっていた。多くのサポーターの参加が期待できそうだ
”わざわ座”はあくまでも家具をつくって売る運動ではないので、どこか特定の工務店が家具をつくり、店舗で販売するようなものではない。

「この活動に共感し、工務店や素材の産地の人など企業として関わるメンバーは”法人サポーター”、個人の方は”個人サポーター”として参加して頂きます。まずは参加してお互いの顔が見える関係ができた上で、個人サポーターの方が”大工の手”の家具を買うとか、それをきっかけにその工務店で家を建てるとか、そんなきっかけになればと思います」と、小泉氏は話す。
個人サポーターにとっての”わざわ座”への参加の前提は、家を建てることや家具を買うことではない。職人の手仕事や”つくり手”と”住まい手”の関係を見直す取り組みへの賛同の気持ちが、前提であってほしいというわけだ。
今後、会報誌の発行やイベントの実施なども予定しており、”わざわ座”自体がメディアとして活動することになっている。

日本の文化とも言える、木造建築の技術。その伝統を継ぐ人材が減っているのは事実だ。一方、一般の消費者は様々な理由から、職人の技を反映しない住宅や最新技術を採用した住宅を選ぶケースも多い。手仕事の重要性に共感しても、費用の面や職人と接点が無いなどの理由で、皆が職人が作った住宅を購入できるとも限らない。しかし、”わざわ座”に参加し、手仕事を考えることで地域の工務店と接点が持てるし、家具であれば住宅よりも簡単に購入できる。職人の技が活き、地元の木材でできた家具を愛着を持って使うことで、生活に少しの豊かさが生まれ、それが伝統の継承にも役立つことになる。

”わざわ座”の活動が広まり各地にサポーターが増えたら、伝統や暮らしの豊かさをもっと大切にする社会に近づくことができるのではと感じた。”大工の手”に続く第二弾のプロジェクトも、半年後に予定されている。
大工の手の次はどんな手仕事がプロジェクトでフォーカスされるのか、それも楽しみだ。